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どこにも人を引きつける所を持たないことを自覚している人間は、それについてくよくよとあせるより、自然のままで一人で生きているほうが賢明である。:瀬戸内海縦断二泊三日の旅レポ。 

2007年11月24日 ()
かねてから日記で書いていたように、旅行に行って来ました。
今回は大学受験旅行以来の一人旅。ちなみにその時受けた大学は落ちました。

誰かを道連れにした訳でもなく、誰かに会いに行く訳でもなく。

別に

自分を見つめ直したかったとか、
(見詰め直したいだけなら地元でも出来ます)

一人っきりで物思いに耽りたかったとか、
(いつも一人なのでそんなの簡単です)

都会の喧騒から逃げ出したくなったとか、
(都会の喧騒を好ましく思わなかったことはあまり無いです)

ましてや自分探しの旅なんかでもなく、
(残念なことに此処に居る自分以外、自分は居ないみたいです)

なんとなく、面白そうだったから

瀬戸内海を自転車で渡りに行きました。


じゃ、簡単にレポなんか、追記に書きましたので興味がある方はどうぞー。写真多目です。

【更新記録】
2007/11/25 23:36
レポ終了。

■出発前日

職場の皆さんから餞の言葉を頂く。なんか死にに行く者への哀れみが含まれている言葉ばかりだったのですが、丁度皇国の守護者 5を読み終ったときだったので本当に死地に赴くような気分になりました。まぁ、26がこの世から消えてなくなってもゴミが一つ掃除されたと思えば有意義かもしれません。
それにしてもどうして打ち切り何だちくしょう……絶対、近年稀に見る原付漫画の傑作なのに。まぁ、『皇国』の感想はまた後で。でも終わり方としては綺麗だった。
荷物を極力少なくしたため、荷造りはそこまで大変じゃありませんでした。
デジタル機器類(デジカメ、PSP、ZEROたん、携帯電話)の充電&充電器の整理が少しめんどくさかったくらい。
しかし色々していたらあっと言う間に日付更新。クラシック企画の更新を行い、「マウス買い換えたいなぁ……つーか新しいPCが欲しいよなぁ、クアッドコアとか言わないからデュアルコアでさぁ、メモリいっぱい積んでさぁ、でお金に余裕があったらデュアルディスプレイとかにしちゃってさぁ、あ、机も新しいの欲しいよなぁ、広くてー丈夫でーカッコよくてーそうそう、机を新調したら人間工学に基づいた椅子とかも欲しいんだよねぇ」とか考えてたらあっと言う間に25時。
翌朝出発が5時だったのですが、我が家の最強目覚ましであらせられるばーさまを全面的に信用して就寝。


■一日目

最強目覚まし発動。流石です。
ささっと身支度をしてヨーグルトを食べて家を出る。予定よりちょっと遅れ気味だったけどそれでも余裕を持って出た方だから平気だろう、とこの時は思っていました。
辺りはまだ暗く、っていうかまだ夜で恐ろしく寒かったです。
最寄り駅→横浜駅→高速バスで→羽田という予定でしたが、まず早朝(つーか夜)だったので電車なかなかこない。この辺りでほんのりと焦りが生まれてきました。予約したツアーの明細には「出発30分前までには集合してください。 ※時間厳守」と書いてありました。

やっと電車が来て横浜駅到着。そして高速バスに乗ります。ベイブリッジを渡って羽田へ。この時やっと朝日らしきものが。港湾のキリン達が見詰める向こうからやっと朝がやって来ました。紫とピンクの雲が横に長く長く伸びるのを眺めていたら羽田空港第二ターミナルへ到着。この時点で出発30分前。ギリギリですがまぁ、平気だろうと26は思っていました。しかしこの考えの甘さが後から26を大いに後悔させるのです。

26の予約したツアーは行き帰りの飛行機+一泊(二泊目は自分で予約した)添乗員なし、と言うもの。そして空港の旅行会社受け渡しカウンターで航空券などを受け取る方式でした。26はカウンターで航空券をもらえると思っていたのです。
そしたら渡されたのは航空券引き換え証とかそんなん。あと食事クーポンとか行程明細とか。どうやらあと幾つか手順を踏まなければいけない模様です。初体験なのでとても混乱していました。とりあえず旅行会社の人が言うには右側に行くと受付があるからそこで二次元バーコードを使え、というものでした。飛行機の出発時間は20分前になっていました。
26、修学旅行以外で飛行機使うのは今回が三回目です。一人で乗るのは初めて。右往左往しながら並んだ列は荷物を検査するアレの列。この時26は搭乗手続きをすっとばしていることなんて気が付いていませんでした。案の定、荷物検査をする段になって返される。
どうやら違うらしい、とやっと気が付いた26は搭乗手続きカウンターに辿り着きました。しかし出発まで15分を切っています。カウンターのお姉さん(美人だった)はとっても渋い顔。

お姉さん「15分を切っておりますので、ご案内できるかどうか……」
26「え、飛行機乗れないですか!?」
お姉さん「少々お待ち下さい……」

お姉さんはカウンター内の電話を二本三本使ってなんかお話しています。26はまさかこんな序盤で躓くとは思っていなかったのでちょっと泣きそうな感じでソワソワ待っていました。ここでダメって言われたらアリアハンから出ることはおろか、自分の家の中のタンスから薬草さえ見つけられなかった勇者のような事態になってしまいます。なので本気で焦っていました。

お姉さん「お待たせ致しました。お席はご用意できました。途中までご案内致しますので付いて来て下さい。時間が迫っていますので走ってください(笑顔)」

喜びのあまり、お姉さんに土下座して感謝の意を示したかったのですが時間が無かったのでお姉さんと一緒に走りました。この時点で出発五分前。ただ広い空港内を走る26とお姉さん。お姉さんはヒールの高い靴で内心26はとっても申し訳なく思っていました。
で、また戻ってきた荷物を検査するアレ。時間が迫っていたので前まで通してもらい、荷物検査を……
「こちらで少々お待ち下さい」
用意してもらったチケットが機械に拒否されました。なんかタイムラグが発生している模様です。途中で26と同じ便に乗ると思われるお客さんも同じ様に前に通してもらって、貴重品を入れたトレイを持って突っ立てる26の横で待っていました。お姉さんは係りの人を呼びに行き、26のチケットは通過可能に。しかし、一緒に待っていた人のチケットはいつまで経っても拒否されています。

お姉さん「ではお客様(26のこと)はこのまま○の○番搭乗口までお進みください。離陸時間が迫っているので(つーか、過ぎてる)お急ぎ下さい」

お姉さんはチケットが通らないお客さんに手一杯になったらしく、チケットの通った26にこう言いました。それを受けて走り出す26。手には貴重品を入れたトレイを持ったままです。荷物検査してないのに全力疾走。

当然、検査員の方が後ろから追いかけてきました。
また引き戻されて検査を受ける26。バカだ。
チケットが通らなかったお客さんはまだお姉さんと一緒に右往左往していた。
検査をマッハで終えてまた搭乗口まで全力疾走。これが遠くて……辿り着いた頃はまともに喋れないくらい息が切れていました。
これがこの旅で一番疲れた出来事でした。
なんとか席に着いて一息いれた26は
「これから国内旅行はなるべく新幹線で行こう。そして飛行機に乗るときは出来る限り時間に余裕を持って空港に行こう」
と固く決意しました。

空からの景色を眺めたりジュースを飲んだり客室乗務員の皆さんをガン見したりして広島空港に到着。リムジンバスで平和記念公園の近くまで移動。
空港のお姉さんに一言お礼言いたかったなぁ、と思っても後の祭り。
それにしても客室乗務員さんや空港の航空会社の方達はサービス業のプロフェッショナルなんだなぁ、と実感しました。その仕事振りを見ていてすごいなぁ、すごいなぁ、とバカみたいに感心していました。今は其処まで人気職業ではないらしいけれど、やっぱりスチュワーデス(今はもうこう呼ばないけど)は花形職業だと思います。

早朝の広島はとっても寒かったです。
どうにか日は出ていたけれど寒かった。バスが着いたのが広島そごうに隣接する建物だったのでそごうに入ろうとしたのですがまだ開店時間ではありませんでした。仕方ないので開いていた売店スペースの本屋で立ち読みとかして時間を潰す。開店時間になったのでそごうに行きました。
ケーキス/タジオのせんせいの元同僚の方が広島でお店を出していて、美味しいから寄れたら食べてくるといいよ、とせんせいから言われていたのですが、本店の方はどうも駅から遠いらしく、頭を捻っていました。そしたら広島そごうにも出店しているとの事だったのでそごうのお店に行くことにしたのです。この旅の最初の目的がこちらのお店のお菓子でした。
お菓子とパンを買って公園のベンチで食べようかなと思い、外へ。
旅の目的はあくまで瀬戸内海縦断だったのですが、せっかく中国四国地方に行くんだし、世界遺産が広島には二つもあるんだし、と言う事で一日目の今日は広島の世界遺産巡りに費やす予定だったのですが。

速攻で見つかった最初の世界遺産。

あまりにも無造作にそこにありました。
ゲンとクソ森が早登り競争をしていたのを見た時にはとても高い建物に見えたのですが意外と高さは無く。修復の跡も所々見受けられ、当時の惨劇をそのまま伝える……とは少し言い難い印象。けれどもトレードマークでもある骨組だけのドーム、そして内部の崩壊っぷりを見るとやはりここで人類史上最悪と思われるあの惨劇を思い起こさせます。
横浜の山手にある廃墟もそうなんですが、この手の遺跡はとても静かですね。
原爆ドームの写真→  

しばらく原爆ドームを鑑賞した後、適当なベンチを見つけて腰を下ろす。そして買ってきたお菓子とパンを広げました。パンはホットドッグっぽいパンとベーコンと玉ねぎが入ったパン。お菓子はマカロンを三種類とフィナンシェ、アーモンド入りのパイ、キャラメルプリン、ガレットなど。飲み物はシードルです。ええ、お酒です。やってみたかったのです「昼間から酒」。朝だけど。
ベンチの目の前は紅葉と揺れる柳が目に優しい綺麗な川でした。ここが屍で埋まった川だったなんて信じられない位に。
もしゃもしゃとパンと焼き菓子を食べていたら鳩が大量に寄ってきました。その眼はまさに
「おう、ウチらも慈善事業でここに居るんじゃないけのう、それなりのモンを貰わんといけんのじゃ」
と言っている。でも上げない。
優雅な朝食を摂った後、公園内を散策。色んな記念碑や記念物を見て回りました。紅葉も綺麗だった。公園内は観光客と修学旅行生や遠足で来たと思われる小中学生、あとは外国の方もけっこういらっしゃいました。バックパッカーっぽい人達も多かった。色々見て回ったけれど、平和記念資料館は根性が無くて入れませんでした。影の焼きついた石を見てみたいとは思っていたのですが、展示されている写真の恐ろしさを聞いていたので(26はショッキングな写真とか映像がとても苦手です)どうにもこうにも歩みが進まず。今となっては「はだゲン」のアニメはおろか、原作の被爆シーンさえも閲覧できない気がします。特にアニメは恐ろしすぎる。確実にトラウマになる。原作者の方はそれが狙いらしいです。
結局資料館の周りをウロウロしてツアーで来ている観光客に交じってガイドさんの説明を聞いたりしていました。修学旅行生を見かけたとき、あわよくば語り部さんのお話とか聞けるかもと思っていたのですが、いらっしゃいませんでした。
で、昼前に見つけた遊覧船で宮島へ移動。料金は少し割高でした。
船に揺られること数十分、神の島が見えてきました。桟橋に到着してとりあえずみんなが歩いている方に歩く。そーいや、宮島って奈良みたいに鹿がいるんだよなぁ、とか考えていたら早速いた。なんか奈良の鹿よりのんびりした印象。みんなかなりフリーダムです。
土産物街を通って海岸を通ってそれでもまだ目的地には辿り着かず。宮島、思ったよりも広い。でっかい杓文字なんかを見たりしながら丁度お昼になったので名物であるあなご飯を食べました。うな重とはまた違った味わい、歯応え。そして広島での一番の目的と言っても過言ではない(笑)、牡蠣。宮島のいたるところで売られている焼き牡蠣を二皿(一皿二個)チューハイと共に。はい、また酒です。決して安くは無いけれど大粒で美味しかったです。生牡蠣も後で食べた。それにしても、産地に来れば安く美味しく食べられると思っていたけれど、観光地ではそうも行かない様子。
更に歩いてやっと目的のブツが見えてきました。

……丁度引き潮でした。なんか海がないとこう、なんていうか、ねぇ?
広島の世界遺産第二弾、平家の氏神が祀ってある厳島神社です。引き潮の時はあの有名な大鳥居の根元まで歩いていけます。なので行って来た→
一番潮が引いていたときだったので、鳥居の向こう側(海の方)に出て社殿に向かって写真を撮ることも可能でした→
ちなみにガイドさんの話をまた立ち聞きしていたのですが、大鳥居を社殿から海に向かって見ると丁度鳥居の向こうに白い建物が入るようになっていて、それはなんとどこぞの新興宗教の建物らしい。社殿から鳥居を撮るともれなくその新興宗教の建物がついてくるという。人間ってのは色々考えるものですね。
その後、紅葉が見たくて軽く山登り。地元の人達のお話では今年は色付きが悪いとの事でしたが、普段見慣れていない26には充分でした→ 
その山の天辺にある、天皇陛下が来て眺めたという眺望を独占しているお茶屋さんで一服。どこの観光地にも「皇室御用達」とか「天皇陛下ご観覧の~」とかはあるものですね。でも確かに眺めは良かったです。
少し潮が満ちてきていたので山を降りてうろついたり牡蠣を食べたり。時期的に社殿の方まで潮が満ちるのは夜になってしまうので、今回は社殿の見学は見送りました。まぁ、初めて訪れる場所は全て下見、という心構えなので二度目来た時にやることを残しておくのも悪くないと思うのです。
帰りは遊覧船ではなく、JRのフェリーで帰りました。帰りは海に立っているように見えたよ。

広島市内に戻って駅で切符を買って路面電車に乗ってやはり迷いながらもホテルにチェックイン。ツアーのクーポンで広島焼きが食べられたので早速指定されたところに食べに行きました。幾つかお店が選べたのですが、26は「姉妹」というお店をセレクトw
そしてオーダーしたのは姉妹焼き。スール焼きと心の中で読んでいたのは言うまでもありません。
カルピスハイとか飲んでホテルに戻って就寝八時くらいに寝たような?
次の日の朝も五時起きです。
この日は三食とも酒を飲んでいました。


■二日目

最強目覚ましを流石に使えないのでベッドのアラームと携帯のアラームダブル使用で起床。よく眠れました。そしてすんなり起きれました。
シャワー浴びて着替えてホテルをチェックアウト。やぱりまだ夜でした。クソ寒い。
駅までの公共交通機関が全て動いていなかったため、タクシーを拾って駅へ。新幹線の切符は前日に購入していたのでそのまま改札をくぐる。
売店で購入したパンを食べながら新幹線の窓をぼへーと眺めていたら日が昇ってきていました。この旅二度目の朝日です。新幹線のお知らせ音は「いい日旅立ち」。

この二日目はしまなみ海道という瀬戸内海の島々を経て本州(尾道)と四国(今治)を繋ぐ正式名称「西瀬戸自動車道」を自転車で走破する、というこの旅のメインイベント実施日でした。
しまなみ海道には歩行者・自転車専用道(原付と自転車両方に専用の道がある)が併設されているのです。そしてレンタサイクル(貸し自転車)があり、しまなみ海道に設けられている拠点ではどこで乗り降りしてもいいようになっています。
26は尾道で自転車を借りて今治のホテルで乗り捨てるルートにしました(ホテルも乗り捨てポイント)。ルートはこんな感じです。全長80キロメートル。前にさくらも/もこがこのルートを自転車で走ったエピソードを本で読んで、(当時)30代のさくらも/もこに出来るなら(しかも父ヒロシも参加していた)、26にだって出来るだろうと思ったのがきっかけでした。

尾道に到着してしまなみ海道レンタルサイクルを借りる。これの予約が取れなかったため(電話するのが遅かった)、こんなに26は早起きだったのです。当日貸し出し分なら早くに来れば平気だよ、と言われていたので。レンタサイクル案内場が開く午前七時に合わせて尾道入りしたのでした(実質、始発)。
でも早起きした甲斐があって自転車はまだ選びたい放題でした。色々物色して(つーか大きく分けてシティサイクルとMTBと子供用くらいしかないけど)キミに決めた! とカゴのついたMTBに決定。
受付のダンディ達にレンタル料と通行料クーポンの料金を払って(これを合計すると普通にフェリーの方が安くなります)アドバイスを聞いて地図をもらっていざ出発! ちなみにその時の26のステータスはこんな感じでした↓。
【26 の ステータス】

[尾道~向島]
レンタサイクルを借りた場所からすぐのところにフェリー乗り場があります。尾道と向島を繋ぐ新尾道大橋には歩道・自転車道がなく、もう一つの尾道大橋は歩道がとても狭いため、ここだけはフェリーで渡ることになります。フェリーって言っても足場が移動してるような感じの非常に合理的なデザインでした。自転車のまま乗船してそのまましばらく待つ。
五分もしないうちに向島到着です。このフェリーに乗る人は朝でもいっぱいいて、生活の足としてフェリーが溶け込んでるんだなぁ、と思いました。ここから本格的にスタートです。

[向島~因島]
漸く日も差してきて調子よく出発した26。どこかで軽く何か食べたいなぁ、とか思っていても早朝なのでお店なんて開いていません。なのでひたすら走っていたところ、やっぱり道に迷う。もらった地図を見てもわからない。
仕方がないので畑仕事をしていたご婦人に道を尋ねました。

「あんらー、ここまで入ってきたらいけんよー。道にサイクリングコースのマークあるはずじゃけんどね」

あ、すいません、普通に見落としていました……。
という訳で海岸まで出たらサイクリングコースに乗るはずなので海岸までの道を教えてもらう。またアリアハンから出られない勇者になるところでした。
教えてもらった道を見つけて走っているとサイクリングコースのマークを発見。道にぽつりぽつりと書いてあるのです。以降、これを見失わないように進むことにしました。
約一時間ほど島内を彷徨ってやっと海に出る。
「海だー!!!」
ハチ○ロの竹本君のように叫びました。海は横浜で見慣れているのですがやっぱりなんていうか輝きとか綺麗さとか全然違う。あと海がとても近く感じます。実際近いんですが。 写真→ 
海岸沿いを走っていると第二の橋を発見。
なんか高いところにあるなぁ、と思っていたら実際、結構な距離を昇りました。橋を渡る時は基本的に高低差40~80メートルくらいを上り下りします(橋の入り口まで上って出口で下るから)。これがなかなかキツい。ベイブリッジとかああいう道路の入り口を自転車で登ってるような感じです。通路も螺旋を描いてる感じだしな。
という訳で因島大橋に到着。
他の橋は車道と歩道が同じ場所にあるんですけど、この橋だけは車道の下に歩道と自転車道がある作りになっていました。金網で仕切られてるのもこの橋だけ。なので橋からの風景はこんな感じです。
因島大橋の出口を駆け下りて次の島、因島へ。

[因島~生口島]
向島で無駄に体力を消耗しつつも到着した因島。出身有名人は本因坊秀策とポルノグ/ラフィティ。
ここでコンビニを二軒同時に発見。一件眼は和菓子屋と合体しているヤマザ/キストア、二軒目はローソンでした。少しお腹が空いていたので腹ごしらえ。
中四国限定フレーバーのオイスターマヨ味のからあげクンとはっさくブッセ。あと水分を補給。ヤマザ/キストアでは「四国まで行くん? がんばっての」と声をかけて頂き、ローソンではトイレを借りました。すんげー綺麗でびっくりした。店内も綺麗だなぁ、と思っていたけれど。
ちゃんと案内に従って走ること数十分、第三の橋、生口橋が見えてきました。そしてまた橋の入り口目指して昇る。ちょっと昇ったらこんな感じ。
今度の橋は車道の脇に自転車道と歩道があります。金網もなし。かなり開放感溢れています。写真→  
特に寄り道もせず、次の生口島へ。

[生口島~大三島]
ここらへんから疲れを感じ始めた26は長期戦は不利と判断、ひたすら先を急ぐ方針に変更しました。生口島のコースは海岸線をひたすら走るコース。海に太陽が反射してまぶしい事この上ないです。途中すれ違うサイクリストの皆さんとは簡単な挨拶を交し合っていたのですが、それもなかなか楽しかったです。手を振ったら振り返してくれたり。楽しかったのは26だけかもしれないけれど。
海岸線を走っていたので、やはり釣りなどに興じてる方も多かったです。防波堤に何本も釣竿を立てかけている人もちらほら。倒さないように少し離れて走っていたら釣り上げたと思われる魚がそこらへんでビチビチ跳ねていて、生きた魚介類が苦手な26は驚きすぎて転びそうになりました。おっさん達はそれを見て笑っていた。
ひどいよひどいよ、と思いながら道を疾走。やがて第四の橋、多々羅大橋が見えてきました。ヒィヒィ言いながら端の入り口まで昇る。入り口はこんな感じです。
風景はこんな感じ。
多々羅大橋の途中にはこんなものがあって、26も手を叩いてみたり、拍子木を打ってみたりしました。手を叩くくらいだったら「おお~」って感じのリアクションで済むのですが、拍子木を思いっきり打ったら鳴き龍現象がものすごい勢いで起こって、その弾みで26は自分がジェットコースターとかで半泣きになる奴だったことを思い出しました。途端、明らかに「落ちたら死ぬ」高さの橋の上が怖くなる。すんごいスピードで橋を駆け抜け、橋の出口の下り坂を降りました。今思えばこっちの方が怖い(かなりスピード出る上に、その区間が長く曲がりくねっている)。

[大三島~伯方島]
この区間はかなり短かったので普通にロケットで突き抜けました。橋もなんか小規模。
大三島橋→ 
 この橋を昇ってる途中に反対側から来た同じ自転車に乗っているご婦人が坂をすごいスピードで駆け下りながら
「ウーーーーーールァーーーーーーーーーン!!!!」
と叫んでいました。今思うに、あのご婦人は〈帝国〉軍人だったのかもしれません(掛け声から推測)。

[伯方島~大島]
伯方の塩で有名な伯方島です。ここまで来てやっと半分以上来たということなので道の駅で昼食をとりました。伯方の塩ラーメンと蛸のから揚げ。あと伯方の塩ソフト。色はほんのりブルーで、塩気も良く味わってやっとわかる程度。でもその塩気が良い感じで美味しかったです。
この辺りから尻がとても痛くなってくる。
ここでグズグズしているとこの後どんどん辛くなると直感した26は尻に鞭打ってラストスパートをかけます。
伯方大島大橋→ 

[大島~今治]
尻がどんどん痛くなり、加えてハンドルを握っている掌も痛くなってきた。手袋は夏でも絶対必需品です。掌の皮とか剥けちゃいます。尻っていうか股関節の足の付け根っていうかとにかくそこら辺が痛い。サドルに座ると痛いので常に立ち漕ぎでダンシング。この時ばかりはぶっといタイヤのMTBを少し恨めしく思いました。路面摩擦が多い分、スピードが出ないのです。ロードレーサーに乗ってるサイクリストの方達がゆうゆうと26を抜き去って行くのを見て少し羨ましくなりました。
そんな感じで体力の八割を消耗していたところ、またもや海岸に出る。そろそろ珍しいものでもなくなってきていたので走る方に集中しようとしたらなんか海の様子がおかしい。波の方向が二通りあったりする。良く見るとこれは渦でした→ 
この複雑な潮流を持つ瀬戸内海ならではの風景に26大興奮。これは確かに東京湾では見られない。小さな渦がそこかしこにあるのです。確かにこれだったら潮の流れを知ってる方が戦に勝つよなぁ、壇ノ浦とか。水軍がこの地で栄えたのも納得が行く。そんな感じで少し回復して26は四国への道を急いだのでした。
最後の橋、来島海峡大橋は三つに分かれている、しまなみ海道最長の橋で、同時に高低差も最高です。入り口はこんなん。
かなり無理な距離と高さだったのでチャリを押して昇りました。橋を渡ってからはすんごい勢いで下りなので珍走団気分が味わえます。なんだかんだで四国に到着!

四国に入ってからは目に見えてお店が多くなり、途中書店に立ち寄って『チェーザレ 4』『きのう何食べた? 1』を買い、ホテルに到着。いやぁ、やれば出来るものですね。尻も痛くなったし次の日筋肉痛にもなったけど、楽しかった。
ホテルで一休みしてから夕飯がてら、名物である焼き鳥を食べに街に出る。焼き鳥は串に刺さないで鉄板で焼くスタイルだったのですが、全体的に甘辛かったです。
シャワーを浴びて就寝。


■三日目

やっと日の出ている時間に起床できる生活に。
ホテルの朝食ビュッフェを盛大に食べて電車に乗って松山へ。発車ベルは当然「瀬戸の花嫁」。
道後温泉で昨日の疲れを癒してゆっくり帰宅、というスケジュールでした。
松山駅から路面電車で道後温泉へ。
広島はそこまで観光地って感じではなかったけれど、松山はすごい勢いで観光地でした。予想はしていたけれど、「坊ちゃん」多過ぎ。
割合としては
坊ちゃん系100:明治文学士系(正岡子規・夏目漱石など)15:坂の上の雲系(秋山真之・秋山好古など)1
くらいの割合ですね。
道後温泉本館は千と千/尋の神隠しの油屋のモデルの一つになったとも言われ、確かにその趣はあると思います→  

で、本館はとても込み合っていたので地元の人が愛用しているという椿の湯に26は行きました。50円の貸しタオルと石鹸で全てを済ませられました。
いやぁ、温泉久々に入って気持ち良かったー。お風呂は大きいし清潔だし安いし。
お昼ごはんも道後温泉で食べました。何気に充実。そしてここでも酒を飲む(赤シャツという名前の焼酎をロックで)。

羽田での教訓を生かして松山空港へはかなり早めに出向き、無事帰宅。
帰ってきてやっぱり家は落ち着くなぁ、と月並みなセリフを言いながら就寝。

一人旅って自分一人分しか責任負わなくていいから楽ですね。
そんな感じで自転車は楽しかったです。
今度はマイチャリで行きたいな。原付(125ccまで可らしい)でもいいけど。

今回、26と同じ様な観光客の方達がほとんど「西」の方ばかりでした。言葉も違うし、なんか行動形式も違う気がする。そういう意味では26は「東」の人間なんだなぁ、と再確認しました。
地元の方にも(主に道に迷った時に)色々助けてもらいました。
かつての瀬戸の花嫁達はとても優しく、そして笑顔が素敵でした。
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[2007.11.24(Sat) 21:05] [レポ]非日常レポTrackback(0) | Comments(0)
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